胡弓
Kokyu
胡弓は日本独自の擦弦楽器。
中国の擦弦楽器「二胡」と混同されがちですが、全く別の楽器です。
富山県の民謡行事「おわら風の盆」や、文楽・歌舞伎の「阿古屋」などで使われることでも知られています。
胡弓は江戸時代初期には成立し、三味線や箏の演奏家により洗練されてきました。
その反面、三味線や箏の引き立て役に回ることが多く、胡弓のために作られた僅かな本曲を除き、演奏の主役になる機会に恵まれてきませんでした。そのため胡弓専門の演奏家がほとんど出ず、その豊かな音楽性が一般に広く知られる機会がないまま今日に至っています。
日本の弦楽器の中でも「持続音」が出せることが大きな特長であり、伝統文化の価値を現代と未来に繋ぐ架け橋となり得る楽器と言えましょう。
歴史
胡弓の伝来・成立には不明な点が多いが、江戸時代初期には存在していたことが屏風絵などから明らかになっている。はじめは民謡や流行歌の伴奏、門付などに使われていたと考えられる。
当道に属する盲人音楽家により胡弓は次第に芸術的に洗練され、上方と江戸を中心にいくつかの流派と胡弓本曲が生まれた。胡弓の奏者の多くは三味線や箏の奏者でもあったため、その密接な交流のなかで三味線・箏・胡弓による三曲合奏という演奏様式も成立した。
素材
本体は三味線とほぼ同じ。
棹…紅木(こうき)、紫檀、花梨など。
胴…花梨など。
糸巻…黒檀、象牙など。
皮…猫、犬など。
絃…絹糸
駒…黄楊、楓、竹、檜など。
弓 弓棹…紅木、紫檀、樫、竹など。
簾(す)…馬毛
構造
本体は三味線とほぼ同じ。四角い胴に長い棹が貫通しており、胴の両面に皮を張っている。
三味線との大きな違いは、胡弓は全体にかなり小ぶりであることと、棹が貫通した先(中子先)が長く突き出ていることである。
駒は三味線のものより薄く、底辺が長い。絃の乗る場所が凸型になっているため、それぞれの絃を独立して弓で奏でることができる。
持ち運びの便のため、棹をほぞによる継ぎ目から二分割できるものが多い。
弓も古典用のものは二から三分割できるものが多い。簾(弓毛)も金具と紐で簡単に着脱可能である。民謡用の弓は古典用よりもともと短いため、分割できない延べ弓がほとんどである。
種類
現行の胡弓は、三絃胡弓と四絃胡弓に分類できる。
三絃胡弓はさらに棹の長さで次の三種類に分類することができる。(棹の短い順)
古典胡弓(小胡弓、天理胡弓、民謡胡弓とも)…江戸時代以来の胡弓の基本形
おわら胡弓…富山県で使われているやや長めの胡弓
大胡弓(宮城胡弓とも)…大正時代に宮城道雄が開発した大ぶりの低音胡弓。合奏曲で使用。
四絃胡弓には、三の糸が複絃になっている江戸時代からの藤植流胡弓と、低音域拡張のため近年開発された木場大輔による木場四絃胡弓とがある。いずれも棹の長さは古典胡弓に準じている。
奏法
体を直立させて両ひざの間に中子先を軽く挟み、弓を絃に直角に当てて擦る。擦る絃を変える時は、弓の角度を変えずに本体そのものを回転させる。
同音を区切る「打ち手」、二絃同時に鳴らす「合わせ弓」、滑らかに音程をつなぐ「スリ」、弓を細かく震わせる「振り弓」などの技巧がある。
代表曲
胡弓本曲…「鶴の巣籠り」「蝉の曲」「千鳥の曲」「岡康砧」など
地歌…「黒髪」「ゆき」「八千代獅子」「長等の春」「虫の音」「鉄輪」「越後獅子」など
箏曲…「六段の調」「みだれ」など
義太夫節…「阿古屋琴責」「沼津千本松原」など
民謡、地域芸能…「越中おわら節」(富山県)、「三曲万歳」(愛知県)など
胡弓豆知識
四絃胡弓(木場四絃胡弓)
Shigenkokyu
音域拡張のために低音絃を1本追加した胡弓。
木場大輔が2006年に発表。その後改良を重ねて現在に至る。
追加された絃には、ヴィオラの絃を使用。
上の3つの絃は古典胡弓と同じ調絃のため、伝統曲を全く同じ運指で演奏可能である。そこにさらに五度低い音域を併せ持つことで、胡弓の伝統手法と広い音域を活かした表現の両立に成功した。
また、下の3つの絃は宮城胡弓(大胡弓)と同じ調絃のため、宮城曲や大胡弓が想定された曲も演奏可能である。
[主な調絃例] 標準GDGC(D三下り+二の糸のオクターブ下)、一音上げAEAD 低二上りGCGC など
これとは別に藤植流の四絃胡弓が江戸時代から存在するが、こちらは高音の二つの絃を同音にして二本同時に奏するため、音域は古典三絃胡弓と変わらない。
豪絃
Gougen
豪絃は、杵屋佐吉家に伝わる世界唯一の巨大な三味線。
四世杵屋佐吉(現七世佐吉氏の祖父)が、日本音楽における低音部の充実を図るために考案し、上野池之端の三絃師・菊岡松次郎が製作した。
大正13年(1924年)12月、三絃主奏楽「山風」で発表された。
当時は土佐犬の皮が張られていた。通常の三味線と同様に座って撥で演奏していたが、後に楽器を直立させて立ったまま指ではじく奏法も試みられた。
第二次世界大戦の混乱を経て、豪絃は焼失を免れたものの、破損したまま長く使われていなかった。
近年、現七世杵屋佐吉氏は、豪絃の積極的な活用に乗り出す。
カンガルー皮に張り替え、コントラバスの弓で擦る奏法を導入。
豪絃は擦弦楽器、いわば重低音の胡弓として新たな道を得る。
さらに、演奏を困難にしていた長すぎる棹を縮めて、代わりに中子先の長さを足し、指板を取り付けるなど、杵屋佐吉氏のもとで大胆な進化が続いている。
皮の張り替えと棹の改良は亀屋邦楽器が担当。
絃は丸三ハシモト株式会社製で、一の糸と二の糸には十七絃箏用の極太の絹絃を、三の糸には豪絃のために開発された特注絹絃を使用。
同社からは絃の選定および開発に惜しみない協力を賜った。
2023年、胡弓演奏家の木場大輔により、豪絃独奏曲「雲龍」が発表された。